まいまいブログ

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「関西アジア太平洋完全保障フォーラム研究会」に出かけてきました。

週末の土曜日は、関西アジア・・・略してKAPSEFの研究会にお邪魔して参りました。第9回の研究会は、「安心供与のパラドクスー核の傘と核の先制不使用の関係性」というお題でした。なぜだか、途中で迷子になってしまい、遅参してしまいましたが、金曜日の遅くに、国際NGO核廃絶「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」がノーベル平和賞の受賞が発表された時と重なり、タイミング良く勉強する機会を頂いたと思います。

ICANの創設者のひとりであるティルマン・ラフさんは「条約の歴史的な意義と、各国政府と国際機関、市民社会が連携する大切さを認めてもらえた。米国と北朝鮮の間で核危機がエスカレートする中で、受賞決定はすべて国々に条約への参加を促す後押しになる。」と朝日新聞コメントが記載されていました。

ICANの取り組みの商店になっているのは、国際政治や安全保障でなく、核兵器が人々の健康や社会、環境に大きな被害をもたらす「人道的」な側面であり、広島や長崎の被爆者の方々の存在が大きいなものとなっていいます。

核の先制不使用とは「いかなる状況でも敵から「核攻撃」を受けない限り核兵器を使用しないこと。」とされ、1980年代にアメリカの元国務長官とソ連の元書記長が提唱しており、2016年、当時のオバマ政権時には、核戦略の見直しで核実験の禁止を確約する国連安全保障理事会決議や核兵器の先制不使用宣言を試みようとしましたが、同盟国の間で反対により実現しませんでした。

反対の理由としては、①北朝鮮が核ミサイルルを開発する時期に核抑止力を弱めるという誤ったシグナルを送ることになりかねない。②通常兵器では撃破できない「生物・化学兵器」による攻撃への報復に核使用を想定する考え方。などが大きな理由として挙げられると思います。

核兵器や安全保障の話になる「理想主義・左・革新 VS 現実主義・右・保守」の2極に分けられしまいがちですが、左右に分極化して交わらないまま、思考停止の行き詰まりが続いているようにも感じられます。

北朝鮮の行動が活発化している中、日本は本当にミサイルに対応できるのか?北朝鮮が兵器をを保有していること認めるのか?など気になることも多くありますが、現実から目をそらすことなく、かつ人道的観点から、あらゆる可能性を模索して・・・と考えるのは、都合が良すぎますでしょうか?